2011年02月22日

林と大賀先生のはなし

イチケン@はやしです。
イチケンがなぜ??僕(林)がなぜ??大賀先生と縁があるのか?なぜねわざワールドなのか?
といったところに触れてみたいと思います。

僕が大賀さんと出会ったのは、さかのぼる事10年前の2000カンペオナートジャポネーズでした。
当時の僕は柔術というより、好んでSAWの大会に出ていたので、大賀さんのことは「スイープの上手い人」という印象があるものの、何の面識もつながりもありませんでした。
当時僕は地元の格闘技のサークルに所属しており、たった一人で東京のリバーサイドスポーツセンターに新幹線で行った記憶が今でも懐かしいです。
同階級に相手がおらず青帯スペルペサード級で柔専館の福田さんにコテンパンにやられた記憶もこれまた懐かしいです。
負けてしまい半分フテクサレ状態で試合をボーっと眺めていたのですが...そこに出ていたのが紫帯アブソルート級の大賀さんでした。
試合は大賀さんが引き込む(下になる)だけで会場がオ~~っと湧き上がります。
大賀さんが下になった時点で会場はスイープを期待するのです。
スイープが決まるとオオオオ~~~と会場が沸きあがりました。
幼少の頃より「必殺技」という言葉が大好きで、ヒーローには必ず「必殺技がある」との定義から
必殺技を持ち合わせる大賀さんが僕にはヒーローに見えて仕方ありませんでした。
そして無差別の決勝戦で大賀さんの対戦相手はクリスチアーノ上西選手でした。
僕は1999年にSAWの全日本で上西選手に肩が外れるくらいのキムラを見舞われて轟沈(肩を亜脱臼)したことがあります。
この試合、残念ながら大賀さんは負けてしまいましたが、会場の「オオガ」コールは今でも記憶に新しいです。
その試合を見て漠然と「この人すげ~~なぁ」と心に強く思いました。人生初の「年下のヒーロー」登場でしたね。

帰郷後すぐに「柔術一本でやっていこう」と決意してお世話になったサークルをやめて、仲間数人でイチケンを立ち上げました。
その仲間の一人がモリゾーこと森下君で、彼が一緒にやってくれたことは今でも大きな財産です。
そして最初にやったことが「大賀幹夫セミナー豊橋」でした。
何の縁もない状態からメールを出して「豊橋に来てください!!カンペオナート感動しました!!」ってメール出して...
きっと「怪しい」と思われたに違いありませんが(笑)
今考えると右も左も分からぬ素人集団がエライことやったな~~と我ながら思いますが...
僕がどうしてもしたかったので仕方ないですよね~
たいした告知もせず開催したので「赤字だな~」とか「誰も来なかったらどうしよう」とか焦りましたが、
当時、名古屋ブラジリアン柔術の福住さん(現:福住道場代表)やTAISHOこと岩間さん(バルボーザ)が名古屋ブラジリアン柔術の皆さんと多数来てくれました。
PUREBRED京都の佐野さんも(当時はPUREBRED京都に所属してませんでした)単身で熱心に参加してくださいました。
2回目の時は柔専館の福田さんも来て下さいました。2000年にコテンパンにされた福田さん、感動させられた大賀さんと僕でその時に撮った写真は今でも宝物なのです。

それから主戦場となるくらいに、ねわざワールド主催の「カーニバル」シリーズにも出まくりました。
係員もやりました。
「ジャンボリー」にも出ました
そこで仲良くなったのが現在は京都何気の代表の中村君でした。
彼が「大玉」と呼ばれるに至った現場を僕はこの目で見ております。
後に中村君も頻繁に我が家に泊まりに来たりするほどの仲になり、未だにイタズラ電話と迷惑メールを中心にお付き合いをさせてもらっております。
その会場で、早川光由先生や様々な方と面識を持たせていただきました。
当時は会話すらしてませんでしたが、その会場には後のイチケンの会員となる浅井君(現:NEX)や渡部君(現:Ares)とも顔をあわせていたようです。
縁とは不思議なものですね
そうそう...プロ柔術Gi-zeroで澤田石選手と対戦した時に大賀さんのセコンドしたのが僕でした。(DVDに出ています)
今日まで大賀さんは支部でもないイチケンをずっと気にかけてくださり、出張の度に新幹線を途中下車して下さって立ち寄ってくださるようになりました。
試合会場でセコンドしてもらったり、道場で指導してもらったり、プチセミナーしてもらったり、お酒のみに行ったり...
大賀さんは僕のことを「友達」と称してくださいますが、僕は...やはり「師匠」ですね
なぜ「師匠」かというと、中村君(上記)が大賀さんの一番弟子を公言しておりまして...
悔しいので酒の席でカラミながら「僕を51番弟子にしてください。51はイチローの背番号だから」といったのが始まりです。
僕は恵まれていて、本当にたくさんの人から柔術を教わりました。
影響を受けた人は数限りなくいます(それについてはまたゆっくりと書いていきます)
返して抑えて極める(締める)そして固めるという動作=すなわち寝技は大賀さんから教わりました。
その基本の上に柔術の技術を並べた感じが僕の柔術になっています。(ちなみに大賀さんとは全然スタイルは違います。絶対真似できないし...涙)
だから僕の寝技の先生(師匠)は「大賀さん」です。
ですので、今は「ただいま~」と大賀さんの庭に家出息子が帰った気分です。

なんかダラダラと書いてしまいましたが、そんな10年間を経て現在に至ります。
いい意味で一年生のつもりでやって行きたいと思っています。
事実大賀道場にも数年おじゃましていません。
また全国の皆さんと新しい出会いが待ってると思うと嬉しくなります。
特に福井に支部があるというので、ぜひともお邪魔してみたいと思っています。
林家のルーツは福井県ですからね。親戚の家に行くときは柔術着持参で行かねば

楽しく元気に仲間と柔術ライフ、ねわざライフを送っていきたいと思います。

はやし
林と大賀先生のはなし



Posted by イチケン柔術アカデミー豊橋 at 21:40│Comments(0)大賀先生との出会い
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